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2010年03月01日
松本清張の推理小説「ゼロの焦点」の舞台で、悲劇のヒロインが最後に身を投げた断崖は、東尋坊(福井県)だとばかり思っていたが、このほど金沢と能登一周旅行をして、長い間の誤りにようやく気づいた。
日本海の冬の荒波が打ち寄せる能登金剛の「ヤセの断崖」。ここが小説の舞台だった。高さ35メートルの断崖から見下ろす青い海は、引き込まれるような透明感があった。 ヤセの断崖、機具岩、巌門に代表される一帯は、朝鮮半島の景勝地、金剛山にも匹敵することから能登金剛と呼ばれ、奇岩、怪石と断崖が30キロも連なっているそうだ。 ヤセの断崖は、みやげ物店もなく俗化されずに自然環境を保っている。すがすがしい風が吹き渡る、険しい断崖の斜面には夏草に混じって、コオニユリやカワラナデシコが咲いていた。 ヤセの名前の由来は、作物を作れないほどやせた土地であるという説や、断崖の先端に立つと身がやせる思いがするという説などがあるという。 断崖は一昨年3月(※事務局注:2007年)の能登半島地震で先端が少し崩落したが、能登を訪れたら、ぜひ薦めたい景勝地である。 群馬県 くえもん様 【事務局評】 ヤセの断崖に立つと、自然の壮大さに感動します。晴れた日には、透明な青い海とのコントラストが素晴らしく、お天気が悪く波の荒い日にはまさに「ゼロの焦点」の小説や映画そのものの迫力満点の景色が見られます。くえもんさんのおっしゃるとおり、能登にいらした際にはぜひ見ていただきたい景色の一つです。 |
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2010年02月26日
私が能登を訪れたのは、二十数年前の夏のことです。
当時は北陸自動車道が開通しておらず、埼玉県からは関越自動車道に乗っても、石川県は遥かに遠い地でした。金沢市に住む友人を訪ねるために、友だちと二人で夕方に埼玉県を出発し、翌日早朝に到着しました。 出迎えてくれた友人は、兼六園や武家屋敷などを案内してくれたあと、「能登へ行ったことないだろう。連れて行ってやるよ」と言い、まずは千里浜なぎさドライブウェイに。海水浴客でにぎわう砂浜をドライブなんて、いままででこの日だけしか経験がありません。 友人も言っていましたが、砂浜道路はここにしかないのだそうです。当時は残念ながら男三人旅でしたので、ムードなどはまったくありませんでしたが、ギラギラと太陽に照らされながら、さわやかに駆け抜けたドライブは、旅の思い出としてずっと心に残っています。 その後、能登島大橋を渡って能登島へ向かいました。能登島では水族館に入りましたが、私の記憶に強く残ったのは、その水族館よりも能登島大橋の美しさのほうでした。澄み渡った青空のもと、一直線に伸びたその橋の先には能登島が出迎え、左右には湾や町並みが見渡せ、それはもう素晴らしい光景。能登島から戻るころは夕暮れとなったので、夕陽に染まる景色と、前後左右が逆になった新鮮さとで、これもまた別の絶景を楽しむことができました。 残念ながら当時の写真が見つからず、添付できませんがでした、私の脳裏には、パンフレット等に掲載されている写真よりもずっと美しい能登島大橋の景色が刻まれています。能登を案内してくれた友人に感謝です。 能登の思い出を縷々記述しているうちに、また再訪したいと思う気持ちが湧いてきました。今度訪れるとしたら、もちろん家族4人で行きたいですね。現在は北陸自動車道が開通していますので、もう不便なことはありません。でもわが家の7歳と4才の息子は鉄道好きだから、電車で行きたいと言い出しそうな気がします。 埼玉県 坂巻様 【事務局評】 二十数年たった今でも、写真がなくても思い浮かべられるほどの強烈な印象を残したのですね。 旅行記を読んで、20年前の坂巻様の感動がとても強く伝わってきました。 ぜひまた遊びにいらしてください。 のとじま水族館は、イルカのトンネル水槽やアザラシ、コツメカワウソの水槽など新しい設備が次々とオープンし、今年(2010年)の秋にはジンベエザメの水槽もオープンする予定です。 お子様たちもきっと喜ぶと思いまよ |
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2010年02月25日
今から4、5年前の話です。当時大学生だった私はサークルの仲間3人と金沢に旅行に行くことになったのですが、小松空港よりも能登空港に着陸する飛行機の方が幾分か安いということもあり、能登空港からレンタカーを借りて金沢に行くことになりました。
私は実家から大学に通っていたため、実家の車を自由に運転できる環境であり運転には慣れていたのですが、他の3人は一人暮らしの上免許取り立てで全くの初心者でした。 運転する機会があまりないためか友人のIが運転したいと強く主張したためにIが最初運転することになりました。 Iの運転はやはり非常に危なっかしく心配でしたが能登空港近辺は車の通行量も少なかったため、まあ大丈夫だろうと思い黙って見ていました。 私が能登ののどかな風景に心馳せていると友人Sが「危ない!」と叫びました。ふと前を見るとなぜか対向車線の乗用車とぶつかりそうになっていたのです。 Iがあわててハンドルを切ったため事なきを得ましたが本当に肝が冷えました。 Iが言うには後ろに気を取られてたということですが本当にあぶなかったです。その後Iは即交代になり私が運転をすることになりました。 また、金沢に行く途中能登のどこかで牡蠣丼を食べたのですが、それの牡蠣が大きくて非常においしかったことが印象的でした。 かなり前のことなので色々忘れていますが、「能登」と聞くと私の中では事故にあいそうになった事と牡蠣がおいしかったことを思い出します。 また昔と同じメンバーでいつの日か能登に行ける機会があれば楽しいだろうなと思っています。 神奈川県 新井様 【事務局評】 ひやっ 美味しかったという牡蠣は、おそらく夏の期間食べられる「岩ガキ」かと思います。 冬の期間に食べる真牡蠣(マガキ)と比べて、大きな大きな身が特徴です。 ぜひ、またお友達と食べにいらしてください |
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2010年02月22日
仕事が落ち着いており有給休暇も余っていたので、ふと思い立って父を旅行に誘った。よく「お父さんと仲がいいね」といわれるが、自分が温泉につかりたい気持ちが半分、国内をほとんど旅行したことがない父を知らない土地に連れて行ってあげたいという気持ちが3分の1、そして残りは10年前に亡くなった母に何もできなかった後悔からである。
今回能登を選んだのは、私が半年前に一度訪れファンになったことと、ふるさとタクシーで交通の便も悪くないと思ったから。特典航空券もちょうど2席空いていて、パタパタと1週間後の和倉温泉への1泊2日の旅行が決まった。初日は能登中島でかきを食べ旅館へ、2日目は七尾散策というプランにした。そして、出会いはかき屋さんであった。 平日にもかかわらずかき屋さんはほぼ満席で、相席になったおばさま方に食べ方を教わりながら、かきの炭火焼を満喫した。するとそのおばさま方が、私達が電車と徒歩でお店まで来たことを知ると、ちょうど「和倉に帰るから送ってあげるわよ」と言ってくださったのだ。「ありがとうございます!」とお言葉に甘え、車に乗せていただくことにした。 そして走り出してから、「まだチェックインには早いわよね、能登島回っていこうか」、とプチドライブに連れ出してくれたのだ。大きな橋からの眺めがすばらしかったこと!そしてさらに、ガラス工芸のお店や道の駅、野生のイルカがすんでいるという場所まで案内してくださり、話も弾んで楽しい島内観光となった。 なによりも心に残ったのは、「親孝行の手助けができたら私達もうれしい」という一言。ドライな日常生活を送っている自分が恥ずかしくなる。なにかあった時は、能登の優しい時間を思い出すことにしよう。Nさん、Yさん、本当にありがとうございました! 東京都 ペンネーム ジミー様 【事務局評】 優しい人との出会いで、能登旅行がより思い出深いものになったのですね ジミーさんはドライな日常生活を送っているとおっしゃいますが、きっと能登で出会ったお二人は、親孝行なジミーさんの姿を見て感動したから送ってくださったのだと思いますよ(^^) どうぞまた遊びにきてください。 |





