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涅槃団子のちから
 11月のはじめ知人と二人、2泊3日で能登を訪ねた。この訪問の目的は、能登演劇堂でのロングラン「マクベス」を観劇することだった。

 マクベスの観劇半ば、舞台後方が開き、木々や雲など能登の自然がそこに現れると、会場全体がどよめきわいた。本当の馬が何頭もかっ歩している。遠くでは火の手が上がり、その煙が会場まで流れ込んできた。すべてリアルなのだ。この感動を胸に、翌日は、輪島、珠洲、能登町とドライブした。ハンドルは知人が握る。輪島朝市をそぞろ歩きし、能登町酒蔵では、私は思いっきり試飲をした。最終日は、七尾の一本杉通り界隈を散策。語り部の話に耳を傾け、和菓子と抹茶でしめて、無事帰途についた。

 さて、今回の二人旅、これは能登の涅槃団子が取り持つ縁だ。2年ほど前、七尾の山の寺めぐりから市内に戻ろうとバス停で待っていた時、土地の方が涅槃団子の話をしてくれた。お釈迦様の涅槃会に曹洞宗のお寺でくださるのだという。涅槃団子とは、米粉で鳥や犬などの動物を形作り、目や口などを色付けしたものだ。この団子は日がたつとひび割れるのだが、これを友人らに福が授かるようにと贈るのだという。そして、この方は、割れた涅槃団子を毛糸で包み編みボンボンにしたものを、旅の想い出にくださった。

 翌年、私は涅槃会の季節に能登を訪ね、お寺でお団子をいただいた。このお団子がひび割れ始めた頃、知人達に配ったところ、そのうちの一人が良い旅だと直感し、私に声をかけ、今回の二人旅となったのだ。

 旅が終わったその後も、涅槃団子の威力はまだ続いた。ぶらり能登ガイドブックのスタンプラリーで、知人にインターネットショッピングの2万円券が当たった!私にも能登町酒蔵の大吟醸のおすそ分けが授けられた。

 土地の方の心使いが、能登を訪れる人を一人、二人と増やしていく。能登はこの次、どんな楽しみを用意して迎えてくれるのだろう。



                                       神奈川県 ペンネーム とんぺい様

【事務局評】
涅槃団子の御利益はすごいですね!
能登の地元の人からとんぺいさんへ、そしてお友達へ波及して、ついにはキャンペーンの賞品までひきよせるなんて。
自分の幸福だけでなく、贈った方へ福が授かる様に願いを込めるなんて、素敵な話ですねにこっ
どうぞまたお友達と遊びにきてくださいね。




| 能登物語〔人生〕 | 11:10 PM | comments (0) | trackback (0) |
男ロクニン卒業旅行
3月。僕ら6人の卒業旅行は、大きなレンタカーに気分のいい音楽といっぱいの荷物を詰め込んで始まった。大学生の旅行となれば、海外など華やかな目的地が主流だが、“渋い”能登半島をチョイスしたのにはワケがある。何しろお金がない。そして「卒業旅行」と銘うっているのに、卒業しない奴が2人もいた。

ホームタウンの静岡を出発したのは夕方。

もちろん有料道路は使えない。長い長い車中で一番沸いたのは学生時代のエピソードにまつわるしりとりだった。日付が変わるほど夜も更けてくると、運転席と助手席をのぞいて、高らかないびきをあげて眠りこける。

太陽が昇る頃、一人、またひとりと目を覚まし、視界に飛び込んできたのは日本海。なじみのある太平洋とはまた違った雰囲気に歓声があがる。千里浜なぎさドライブウェイをかわるがわる運転した。波うち際まで走ると、レンタカーは砂まみれ。一同笑いながら「こりゃ、やばいね」。はまぐりもサザエも売っていなかったが、オフシーズンでも僕らにとってこの砂浜は楽しさでいっぱいだ。

明日からは貸しロッジで自炊をしなければいけない。宿らしい宿に泊まることができるのは能登でだけ。気さくな女将のおもてなしと全員で入る風呂は、寒さと道中の疲れを癒すにはもってこいである。夕食の蟹・白子・治部煮はどれにもそれぞれ歓声があがる。ビールは進み、満足感いっぱいで床につくと、みながすぐに寝入ってしまったものだ。

翌朝、窓を開けると一面は雪化粧。雪吊りをされた松が白く輝いていた。「すげえな。こんなきれいな景色、見たことないぜ」。

全行程1,700キロ。旅も終わりに近づく頃には、みんな感慨にふけっていた。誰からともなく「またこのメンバーで能登に来ような」。

能登には、お金では得ることのできない思い出が詰まっている。今でも顔を合わせるたびに卒業旅行の思い出話に華が咲く。いつかまた6人で能登に“卒業旅行”に行ける日を楽しみにしながら。

                                        静岡県 鈴木様

【事務局評】
学生時代の友人との卒業旅行は、一生の思い出ですね。卒業旅行に参加したものの卒業できなかったお二人は、もう卒業できたのでしょうか(^^;
それにしても、全行程1700キロとはすごい距離!!社会人になると、同じ行程では時間的にも体力的にもきつそうですね。静岡からだと静岡―小松便を利用して石川県に入り、小松空港から能登までドライブすると、時間が節約できますよ。
もしくは、羽田まで行って羽田―能登便に乗るのも早いです。ぜひまた同じメンバーや、ご家族で遊びにいらしてくださいねにこっ




| 能登物語〔風景〕 | 11:10 AM | comments (0) | trackback (0) |
家族旅行の思い出
愛媛に住んでいた子供の頃、家族で一番遠くへ旅したのが石川でした。
私は小学生で、まだ瀬戸大橋も出来ていない頃のこと。フェリーに車を乗せ、大阪からドライブし、何時間もかけて金沢、そして和倉、輪島と回った旅で、様々な楽しい想い出が詰まった旅でした。
和倉温泉の旅館の中で催された縁日、輪島のイベントで妹がクジで漆器を当てた事、そして愛媛とはまた違った魚の種類に驚いた事など。

以上の記憶が、仕事で金沢を訪れた後に、千里浜なぎさドライブウェイをドライブしている時に、後部席で父が運転している時の思い出と共にパッと弾けるように甦えりました。
楽しかった旅の思い出は消えないのだと、改めて思った瞬間でした。両親と訪れて既に30年。もう一度一緒に能登を回りたいと思った瞬間でもありました。

                                        神奈川県 ペンネーム くーかい様

【事務局評】
能登にはご両親や妹さんとの大切な思い出がたくさんつまっているのですね。
ぜひまたご家族で、思い出の場所をめぐりにいらしてくださいねにこっ




| 能登物語〔家族〕 | 05:36 PM | comments (0) | trackback (0) |
能登が呼ぶ、自然の魅力
 松本清張の推理小説「ゼロの焦点」の舞台で、悲劇のヒロインが最後に身を投げた断崖は、東尋坊(福井県)だとばかり思っていたが、このほど金沢と能登一周旅行をして、長い間の誤りにようやく気づいた。

 日本海の冬の荒波が打ち寄せる能登金剛の「ヤセの断崖」。ここが小説の舞台だった。高さ35メートルの断崖から見下ろす青い海は、引き込まれるような透明感があった。

 ヤセの断崖、機具岩、巌門に代表される一帯は、朝鮮半島の景勝地、金剛山にも匹敵することから能登金剛と呼ばれ、奇岩、怪石と断崖が30キロも連なっているそうだ。

 ヤセの断崖は、みやげ物店もなく俗化されずに自然環境を保っている。すがすがしい風が吹き渡る、険しい断崖の斜面には夏草に混じって、コオニユリやカワラナデシコが咲いていた。

 ヤセの名前の由来は、作物を作れないほどやせた土地であるという説や、断崖の先端に立つと身がやせる思いがするという説などがあるという。

 断崖は一昨年3月(※事務局注:2007年)の能登半島地震で先端が少し崩落したが、能登を訪れたら、ぜひ薦めたい景勝地である。

                                       群馬県 くえもん様

【事務局評】
ヤセの断崖に立つと、自然の壮大さに感動します。晴れた日には、透明な青い海とのコントラストが素晴らしく、お天気が悪く波の荒い日にはまさに「ゼロの焦点」の小説や映画そのものの迫力満点の景色が見られます。くえもんさんのおっしゃるとおり、能登にいらした際にはぜひ見ていただきたい景色の一つです。



| 能登物語〔風景〕 | 10:30 AM | comments (0) | trackback (0) |
美しい能登のさわやかな思い出
 私が能登を訪れたのは、二十数年前の夏のことです。
 当時は北陸自動車道が開通しておらず、埼玉県からは関越自動車道に乗っても、石川県は遥かに遠い地でした。金沢市に住む友人を訪ねるために、友だちと二人で夕方に埼玉県を出発し、翌日早朝に到着しました。

 出迎えてくれた友人は、兼六園や武家屋敷などを案内してくれたあと、「能登へ行ったことないだろう。連れて行ってやるよ」と言い、まずは千里浜なぎさドライブウェイに。海水浴客でにぎわう砂浜をドライブなんて、いままででこの日だけしか経験がありません。
 友人も言っていましたが、砂浜道路はここにしかないのだそうです。当時は残念ながら男三人旅でしたので、ムードなどはまったくありませんでしたが、ギラギラと太陽に照らされながら、さわやかに駆け抜けたドライブは、旅の思い出としてずっと心に残っています。

 その後、能登島大橋を渡って能登島へ向かいました。能登島では水族館に入りましたが、私の記憶に強く残ったのは、その水族館よりも能登島大橋の美しさのほうでした。澄み渡った青空のもと、一直線に伸びたその橋の先には能登島が出迎え、左右には湾や町並みが見渡せ、それはもう素晴らしい光景。能登島から戻るころは夕暮れとなったので、夕陽に染まる景色と、前後左右が逆になった新鮮さとで、これもまた別の絶景を楽しむことができました。

 残念ながら当時の写真が見つからず、添付できませんがでした、私の脳裏には、パンフレット等に掲載されている写真よりもずっと美しい能登島大橋の景色が刻まれています。能登を案内してくれた友人に感謝です。
 能登の思い出を縷々記述しているうちに、また再訪したいと思う気持ちが湧いてきました。今度訪れるとしたら、もちろん家族4人で行きたいですね。現在は北陸自動車道が開通していますので、もう不便なことはありません。でもわが家の7歳と4才の息子は鉄道好きだから、電車で行きたいと言い出しそうな気がします。

                                       埼玉県 坂巻様

【事務局評】
二十数年たった今でも、写真がなくても思い浮かべられるほどの強烈な印象を残したのですね。
旅行記を読んで、20年前の坂巻様の感動がとても強く伝わってきました。
ぜひまた遊びにいらしてください。
のとじま水族館は、イルカのトンネル水槽やアザラシ、コツメカワウソの水槽など新しい設備が次々とオープンし、今年(2010年)の秋にはジンベエザメの水槽もオープンする予定です。
お子様たちもきっと喜ぶと思いまよにかっ





| 能登物語〔家族〕 | 10:54 AM | comments (0) | trackback (0) |